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事件、事故は偶然が重なって起こることが多いようです。

その中でも関係者の思惑や希望などが絡んだ規模の大きなイベントに関するものは、予想もしていない悲劇的な結果を迎える可能性があります。

同じように開催したイベントであっても常に同じ結果になるとは限りません。1969年には準備不足にもかかわらず大勢の観客を集めた大規模なイベントが、米国のレース場で開催されました。

 

悲劇の引き金を引いたのは?

1969年12月にカリフォルニア州オルタモントのレース場で行われたフリーコンサートは、ローリング・ストーンズが主催しました。

彼ら以外にも当時の人気バンドが出演した大掛かりなイベントの当日には、約30万人がレース場を埋め尽くしました。

ところがたった2日前に会場が決定したため、警備に対応する人員が不足していました。そこで暴走族の「ヘルスエンジェルス」に対応を依頼したことで、悲劇の引き金を引いてしまいました。

 

最終的には大混乱の中で4人の死者と多くの負傷者を出す結果となりました。

このように急いで大きなイベントをした裏には、アーティストとしての焦りがあったと言われています。当時、4ヶ月前に開催されたウッドストックでのイベントが大成功していました。

そのためローリング・ストーンズのライバルとも言える英国バンドのザ・フーの人気が急上昇していました。

混乱を避けるために主催者からウッドストックへの参加を拒まれたローリング・ストーンズにとっては、同じ英国のバンドが注目を集めるという状況は、非常に腹立たしいものです。

 

悲劇は焦りから?

ウッドストックのフリーコンサートを題材にした映画の公開も、近日中に予定されている状況です。

これに対抗するには大きなイベントを開催して、その様子を撮影した映画を先に公開するしかないという結論に至ったローリング・ストーンズのミック・ジャガーの意向によって、強引に開催されたコンサートであったようです。

この悲劇の起こったコンサートの様子は「ギミー・シェルタ」という映画となって公開されています。

このなかには演奏しているアーティストと同じステージで警備しているヘルスエンジェルスのメンバーが、柵さえなく簡単に上がることができる低いステージに殺到する観客を撃退する様子が映っています。

当時のローリング・ストーンズは元メンバーのブライアン・ジョーンズが急死するという悲劇が起こったばかりの時期であり、何事も悪い方へ向かう可能性があったのかも知れません。

 

悲劇の影響

現在では厳重な警備体制によって、このような事故は過去の話になりつつあります。これも過去の失敗によって、イベントを開催する側が学んだということでしょうか?

その後、この事件に対する対応によってヘルスエンジェルスとの間に遺恨が発生したミック・ジャガーに付いては、暗殺計画が存在していたことが判明しています。

計画を決行する日にやって来た嵐に邪魔されていなければ、自宅にいたミック・ジャガーがヘルスエンジェルスに襲撃されていた可能性があったようです。

60年代の終わりに悲劇の引き金を引いたローリング・ストーンズ

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