rock

現在では抵抗なく使用されている「ロックンロール」という用語ですが、これも時代の流れでしょうか?

もともとは一部でのみ使用されていた言葉が一度影響力を持つと、いつの間にか全てを支配する魔力を持つようです。それほど大きな力を持つに至った歴史を解説します。

ロックンロールの特徴はそのビートと背景

ロックンロール(Rock and Roll、Rock ’n’ Roll)という言葉にどのような意味があるのかを、まず知る必要があります。

当初は黒人の間で使用されていた、主に「セックス」を表現するスラング(隠語)でした。

その後は少し意味あいが変わり「楽しい時間を過ごす」や「パーティーをする」などを表現するときに使用されるようになりました。

Let’s Rock ’n’ Roll !(またはRock ’n’ Roll!)は「楽しもうぜ!」という意味になります。

 

音楽的な特徴としては単純でダンスに合わせやすいエイトビートや、ブルース・ジャズの跳ねるようなリズムを使用しています。

コード進行や音階についてもブルース・ジャズから影響を受けたものや、カントリーなどのスタイルが混ざったものが初期のロックンロールでした。

その後さらに多用なジャンルの音楽スタイルから影響を受けることで、いくつもの新ジャンルがロックンロールの世界に生まれることになります。

誕生直後の時代には複雑な音楽スタイルのロックンロールは不要でした。

あくまでダンスパーティーのBGMとして、乗りやすいリズムであまり小難しいメッセージを歌わない楽曲が求められていました。

ロックンロール、その生みの親は誰だ?

現在のようなロックンロールの大流行を生んだきっかけを作った人物は、米国でラジオのDJをしていた白人の「アルバート・ジェームズ・フリード」であることが知られています。

彼は当時黒人ミュージシャンのチャック・ベリーなどが演奏していたリズム・アンド・ブルースのレコードのなかで「ロックンロール」という言葉が歌詞に使われていることに気づきました。

そこで自分の担当していた番組の名前を「ムーンドッグズ・ロックンロール・パーティ」へ変更して、黒人ミュージシャンの音楽を流すようにしました。

 

このように白人のDJが白人を対象としたラジオ番組で、黒人ミュージシャンの音楽ばかりを流すという暴挙をはじめた「1951年7月11日」が、ロックンロールの生まれた日であるとも言えます。

現在では何ともない行為ですが、当時の米国ではありえないことでした。

そのため、その後DJのフリードが呼びかけて開催した白人と黒人を同時に集めるイベントは、何度も州当局から妨害を受けることになります。

それにもめげず多数のイベントを大成功させたフリードには、成功者としてバラ色の将来が待っていても不思議ではありませんでした。

ロックンロール、その生みの親は悲しい最後を

ところが「ペイオラ・スキャンダル」の発生によって、フリードの人生は奈落の底に落ちてしまいます。

これはレコード会社からリベートをもらっていたことが問題にされた事件です。

その後酒に溺れた彼の人生は、1964年に43歳で終わりました。

その後、彼が初めてラジオのDJとなったオハイオ州クリーブランドに設立された「ロックの殿堂」の非演奏者部門で「ロックンロールの生みの親」として最初に選出されました(1986年)。

 

1950年代の終わり頃には、人気ミュージシャンの相次ぐスキャンダルや事故による死去によって、完全に初期のパワーを失ってしまったロックンロールでした。

その後はソフト路線の音楽に支配されていた米国の音楽業界です。

もちろんこのまま消滅するほどロックンロールの魔力は小さくありませんでした。

その後も新しいロックスターの登場によって、さらなる発展を遂げたことは言うまでもありません。

ロックンロールの誕生、それは全てを破壊して再生させるイベント

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