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サッチモという愛称でも知られるジャズ界の巨人ルイ・アームストロング。

彼の証言によると、彼が子供の頃に「やたらと馬鹿でかい音」で演奏していたミュージシャンがバディ・ボールデンです。

彼こそが、現在では一般的なジャズの演奏スタイルを確立した存在です。晩年には、偉大なミュージシャンであることすら忘れ去られた彼が、現在のポピュラーミュージックの生みの親かも知れません。

バディ・ボールデン、初代ジャズ王と呼ばれる理由

当時は「キング・ボールデン」という呼び名で知られていたバディ・ボールデン。まだジャズが音楽のひとつのジャンルとして確立するまえの時代。

現在では一般的にジャズとされるスタイルで演奏していたミュージシャンです。とはいっても、現在では彼の演奏は音源として残っていないため、彼の音楽に直接影響を受けたニューオーリンズのジャズ・ミュージシャン達の演奏を聴いて予想するしかありません。

1907年、30歳のときに精神病院に入ることで彼の音楽家としての歴史は終わります。その後54歳で亡くなると、貧困者のために用意された墓標さえない共同墓地に埋葬されたバディ・ボールデン。現在ではその功績は高く評価され、彼の記念碑がその墓地に建てられています(実際に埋葬された場所は現在でも不明)。

彼のバンドは、自身が演奏するコルネット(金管楽器の一種、トランペットに類似)以外に、複数の弦楽器・クラリネット・トロンボーンを配置したものでした。

バディ・ボールデン、伝説的なコルネット

彼は自分の耳で聴いた当時の音楽から発想を得て、自分の演奏スタイルを確立。そのなかにはラグタイム・黒人の宗教音楽・マーチングバンド・ブルースなどが含まれていたようです。

このラグタイムとは、黒人のルーツともいえるアフリカの音楽と、西洋音楽のマーチ(行進曲)が合わさった音楽スタイル。独自のリズム構成(裏拍の強調)は、初期のジャズに引き継がれます(「ユーロビート」の源流にも)。

大音響で予想のつかない演奏を繰り広げるバディ・ボールデンのバンドは、ニューオーリンズで大きな人気を獲得。絶え間のない即興演奏や、川の向こう岸まで聞こえる大音量の演奏は、当時のおとなしい音楽に慣れていた観客には刺激的な経験だったことでしょう。

その人気ミュージシャンとしての派手な生活によって、彼は精神的に不安定な状態へと向かったようです。

バディ・ボールデン、若くして第一線から退いた彼の音源

結局、亡くなるまでの間30年以上にわたって入院生活を過ごしていたバディ・ボールデン。

すでに彼がジャズの生みの親であることさえ、みんな忘れていた環境でした。それでも一緒に入院している仲間と演奏を楽しむことだけは、許されていたそうです。当時の彼と演奏した仲間は、ジャズの歴史ともいえるミュージシャンの生音を知る生き証人ということです。

現在のジャズが特徴としている自由な演奏スタイル、特にひとつのテーマに基づいて各楽器がまわしていく即興演奏。そして管楽器による華やかで圧倒的な音量と、物悲しいブルース曲の演奏などの全てが彼の情熱と才能を今日まで伝えています。

ジャズの誕生はいつ?「初代ジャズ王」バディ・ボールデンの存在

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