本来両手を使ってメロディーと伴奏を両立する楽器であるピアノ。

それを左手だけで演奏するとしたら、どれほどの困難が予想されるでしょうか?演奏する曲自体も左手用に作曲されたものが必要となります。

そのような困難を、逆に新しい音楽スタイルの確立に結びつけたピアニストが存在します。それが日本人ピアニスト舘野泉です。

彼はどのような理由によって、左手のみでピアノ演奏を行うスタイルを確立したのか?そこにはピアニストとして非常に過酷な彼の運命と、それをチャンスに変えることができるほどの音楽に対する情熱が存在します。

舘野泉というピアニストの存在

1960年に東京芸術大学を主席で卒業。1964年からはフィンランドのヘルシンキに在住しているピアニストの舘野泉は、音楽一家に生まれたサラブレットです。

1968年からはフィンランドの国立音楽院で「シベリウス・アカデミー」の教授を務めるほど、フィンランドの作曲家による作品に取り組み続けていた彼です。

その功績によって、1981年よりフィンランド政府の支援を受けながら、演奏活動に専念していたピアニスト舘野泉。彼に大きな試練がやってきたのが、2002年の1月にフィンランドで開催されたリサイタルです。

演奏中に脳溢血で倒れた彼は、なんとか2004年に復帰。残念ながら後遺症によって、その右手ではもはやピアノの鍵盤を弾くことができなくなっていました。

舘野泉に訪れた不幸と可能性

両手で演奏してきたピアノの演奏家が、左手のみでしか演奏する道がないとしたら、どれほど辛い環境でしょうか。それでも演奏家としてやっていくことを決意した彼が、最初にぶつかった壁が演奏曲の不足でした。

ひとまず、スクリャービンやリパッティによって作曲された左手用のピアノ作品の演奏から開始された彼の第二の演奏生活のスタート。

現在では国内外の作曲家が「左手のピアニスト舘野泉」のために、左手用の曲を次々に制作しています。ピアノの可能性を広げる左手のピアニストとして、新しい分野を開拓する決意。この強い意志によって、彼は自分に訪れた不幸な出来事を新しい演奏スタイルの確立に結びつけました。

主に左手の親指と人差指がメロディーを担当、残りの指で和音を弾くというような独自の奏法。これが独特の「うねり」を生みだす彼の演奏スタイルには、すでに左手でしか表現できない世界も。

舘野泉、これからも活躍

新しい音楽の分野として、左手のみでピアノを演奏するスタイルを確立した舘野泉。もともと世界的に有名なピアニストが新たに開拓した独自の世界は、国際的にも注目されるようになりました。

2015年4月には、震災と津波の犠牲者を追悼する「海辺の雪」などの曲が含まれた新譜「サムライ/海鳴り」を発表した現役のピアニストである舘野泉。

彼の活動には、今後も注目する必要がありそうです。そして、どのような状況においても困難をチャンスに変えることができるということ、それを知るきっかけとしても、彼の活躍を再認識すべきでしょう。

左手のみでも演奏できるピアノ作品とピアニスト舘野泉の関係

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