楽器の演奏もできない、歌も歌えない、作曲もしない一人の人間がロックミュージックの発展に大きな功績を残したとしたら、それはどのような部分でしょうか?

ロックの殿堂入りも果たした一人の技術者の探究心によって、現在のロックミュージックが存在しています。

その技術者レオ・フェンダーを紹介します。

 

レオ・フェンダーによって提供されたのは可能性

「クラレンス・レオニダス・フェンダー」は米国のギター、アンプ製作者です。

エレキギターのブランドとして知られている「Fender(フェンダー)」は彼の名前の一部からつけられたものです。

最初はラジオの修理を行う会社としてフェンダーズラジオサービス社を設立しました。

その後ラジオの修理以外の事業としてエレクトリックギターとアンプの製造へ手を広げたことから、音楽業界に深く関係するようになります。

 

これはラジオ修理を行っていた彼の会社に、地元のミュージシャンがギターアンプやエレキギターを持ち込んだことが遠因となっています。

彼自身はギターをほとんど弾くことができません。40代になるまでギターのチューニングもできなかったと言われています。

それでも現在主流となっている標準的なスタイルのエレギターを1950年に発表しました。

これはギターの本体に空洞がない「ソリッドボディ」のエレキギターとしては、もっとも初期のモデルです。この頃には社名もフェンダー・ミュージカル・インストゥルメンツ社に変わっていました。

 

レオ・フェンダーはギターの革命児

それまでのエレキギターは以前から使用されていた空洞のある普通のアコースティック・ギターに、後付で音を電気信号に変換する「ピックアップ」を取り付けたものが主流でした。

この空洞を無くすだけで、多くのメリットがあることに彼は気がついたようです。

まずはボディの共鳴に影響されて、クリアで伸びやかな音が得られないという短所を解消できます。それと空洞があることで、ハウリングのように耳障りなノイズが発生しやすいという欠点にも対応できます。

 

さらに空洞によって音を共鳴させることを前提にして、ボディをデザインする必要がありません。

その分デザインの自由度も向上します。現在の一般的なエレキギターのように体に当たる部分を削ったデザインなども、ソリッドモデルでしか実現できません。

このようにギターの本質的な部分だけでも革新的なスタイルですが、長所はそれだけではありません。

ボディとネックを別々に製作して、後から合体させる低コストの製造方法もフェンダー社が考案したものです。

 

レオ・フェンダーが残したもの

多数の革命的なスタイルのエレキギターを世に送り出したレオ・フェンダーは、1991年に亡くなりました。

その後1992年には、これまでのロックの発展に寄与した功績が評価されて、ロックの殿堂入りを果たしました。現在でも、彼の考案したエレキギターはロックミュージシャンの手の中で、新しい音楽作品を生み続けています。それは今後も変わらない風景となるでしょう。

 

それだけ彼の設計思想は、ロックという音楽に合致したものです。音質や使い勝手の面だけではありません。

アーティストがそのギターを持っている姿を見せるだけで、その個性と情熱をファンに納得させることができるツールでもあります。

そのような役目を果たすことができる楽器としての一面も持っています。単なる楽器を越えたロックミュージック用のツール、それが彼の創造したものです。

レオ・フェンダー、エレキギターの歴史に刻まれたアーテ

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