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未だに魅力的な歌声を聴ける作品を残して彼女が死亡したことは不幸中の幸いと言えます。

デビューから数年間の活動で、ロック的なボーカルスタイルという面では、その後のロックミュージックに大きな影響を与えたアーティスト、ジャニス・ジョプリンを紹介します。

 

ジャニス・ジョプリンは一瞬で燃え尽きた歌姫

1970年の10月に27歳で亡くなった米国の歌手が「ジャニス・リン・ジョプリン」です。

彼女は本格的な女性ロック・シンガーとしては、もっとも初期の時代に活躍した存在でした。バンドのメンバーとしてプロデビューしたのが1967年ですから、活動期間としては数年程度ということになります。

それでも大きな影響を現在の音楽ファンとアーティストにあたえ続けている存在です。これは単に当時の流行に乗った音楽を表現するだけではなく、新しいスタイルを創りだしていたということでしょう。

 

子供の頃からブルースを聴いて育った彼女は、地元の聖歌隊にも参加していたそうです。

そのような経験が後で活かされたことは容易に想像できます。1963年にサンフランシスコへ転居したあたりで、彼女の人生にも成功の道が開けたようです。

同時に命を縮める要因になるアルコールと薬物に依存する生活習慣が身についた時期かも知れません。

最初に所属したバンドは当初全く評価されませんでした。ところがバンドが出演した「モントレー・ポップ・フェスティバル」での彼女の歌声は高く評価されました。

その後出したライブ・アルバム「チープ・スリル」が大ヒットを記録したバンドを脱退してから、ジャニスのロック・シンガーとしての挑戦がはじまります。

 

ジャニス・ジョプリンの影響はいまでも

ライブコンサートでの歌声が転機となって、その後のロック・シンガーとしての大成功につながる訳です。

しかし、大成功した時にはすでにこの世の存在ではありませんでした。

なぜなら彼女の理想とするバンド「フル・ティルト・ブギー」と一緒にレコーディングしていたアルバム(その後「パール」と命名)が完成する直前に、薬物の影響で亡くなってしまったからです。

 

死亡後に販売されたニューアルバムは、全米チャートで9週連続1位を記録する大ヒット作品となりました。

音楽性の面でも彼女の最高傑作と評価されるアルバムですが、彼女の死亡によって完成しなかった1曲は、バックバンドの演奏しか録音していない状態で発表されました。

その題名が「生きながらブルースに葬られ(Buried Alive in the Blues)」であったという事実は、どう解釈すれば良いでしょうか?死亡する時期まで音楽に支配されていたのでしょうか。

 

ジャニス・ジョプリンの存在とは?

現在でも若手のミュージシャンのインタビューなどで聞かれることがあるジャニス・ジョプリンの名前です。

影響を受けたロック・シンガーとして、彼女が挙がられることは現在でも多いようです。

それだけ強烈な印象を残したのは、単に早死したことがだけが理由ではありません。従来から存在していたブルースやロックのスタンダードな楽曲を歌いながらも、同時に新しいロック的な表現を創りあげた彼女から大きな影響を受けたということです。

古いものを使って、新しいスタイルを表現するという点は、これから現れるアーティストにとっても必要な要素です。

ジャニス・ジョプリン、最高傑作の完成間近で消えた永遠の歌声

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